北原 照久

北原 照久

きたはら てるひさ

ブリキのおもちゃ博物館 館長

昭和23年生まれ。東京都中央区京橋出身。ブリキのおもちゃコレクターの第一人者。1986年4月、横浜山手に「ブリキのおもちゃ博物館」を開館。その他、全国各地に博物館や常設のミュージアムがある。テレビ東京系列「開運!なんでも鑑定団」に鑑定士として出演。ラジオ、CM、各地での講演会等でも活躍中。

コレクション第一号

人間万事塞翁が馬

落ちこぼれから一転、勉強が面白くなった僕は、青山学院大学に進学しました。しかし、当時は大学紛争が一番激しい時代、東大安田講堂事件や、あさま山荘事件があったころです。大学は、授業どころではない状態でした。そんなとき、勉強がしたくてもできないでいる僕に、父がスキー留学を勧めてくれたのです。実家がスキー用品店だったおかげで、幼いころからスキーは大の得意でした。1年間休学して、オーストリア共和国チロル州のインスブルックというところに行くことになりました。それもまた、僕の人生を大きく変える出来事の一つとなります。「人間万事塞翁が馬」という言葉がありますが、まさにそのとおりになりました。

異国での素晴らしい出会い

インスブルックは、歴史ある美しい街並みが残る都市です。そこで僕は、ブルーノとゲルトという兄弟と知り合いました。親交を深めるうちに、2人の母親が、部屋が空いているからと僕を下宿させてくれたのです。異国の地で、一人寂しくアパート暮らしをしていた僕にとって、願ってもないことでした。
彼らとの生活は、とても印象的でした。窓辺に花を飾ったり、古い物を大事に使ったり、暮らしそのものを楽しんで過ごすんです。大小5つくらいの古い鍋を暖炉の上にいつも飾ってあって、料理を作るときには取り出して使います。お母さんは、「ひいおばあちゃんの代から使っているお鍋なのよ。とてもいいでしょう」と言っていました。本当に、魔法の鍋みたいで、ジャガイモを煮ただけでもおいしく感じました。使い終わったら、きれいにしてまた飾るんです。こういう暮らしっていいな、と心から思いました。3代同じ鍋を使い続けるなんて、作った職人もうれしいでしょうね。古い物に囲まれた生活の良さを、そのときに知ったんです。

結局、1年近く留学していて、6カ月を一緒に過ごしました。外国から来た僕を受け入れて、本当の息子のようにかわいがってくれて、「ママ」には本当に感謝しています。今でも、ママの写真を持ち歩いていますよ。2009年に、僕は36年ぶりに彼らに再会したんです。とても喜んでくれました。僕は自分をツイていると思っていますが、この出会いは本当に幸運で素晴らしいものでした。

インスブルックのスキー場で友人と

物を大切にする暮らし

留学生活で僕が学んだのは、ヨーロッパの人たちの物を大切にする暮らしです。しかし東京に戻ると、大量生産、大量消費があたりまえの日常があります。ある日、粗大ごみ置き場で、八角形の柱時計が捨ててあるのを見つけました。ねじ巻き式で、ヨーロッパでもよく見掛けるタイプのものです。まだ十分使えるのに、電池式のほうが手軽だからと捨てられてしまったんでしょう。拾って油を差して手入れをすると、ちゃんと動きました。自分で命を吹き込んだような気がしたものです。

それがコレクションの第一号です。それから51年。僕のコレクション人生は、値打ちのある物を集めようとかではなく、とにかく好きなものを自分の身の回りに置きたいという、ただそれだけの気持ちが始まりだったのです。