
夏井 いつき
なつい いつき
俳人
昭和32年生まれ。愛媛県松山市在住。中学校国語教諭の後、俳人へ転身。「第8回俳壇賞」受賞。俳句集団「いつき組」組長。創作活動に加え、俳句の授業〈句会ライブ〉、「俳句甲子園」の創設にも携わるなど幅広く活動中。TBS系「プレバト!!」俳句コーナー出演などテレビ・ラジオでも活躍。著書多数。
百年先のために種をまく
縁が縁をつないでいく
少しずつ、俳句の仕事が増えてきたある日、「俳句の松山市」を全国にアピールしたいと考えていたNHK松山放送局が、若いという理由で私を番組に起用してくれました。さらに、「愛媛新聞で子どもたちの選句欄を担当しませんか」というお誘いも舞い込みます。思うに、俳人には年長者が多いため、気安さのある若い私が重宝されたのでしょう。
その後、NHKの『天才てれびくん』で、俳句のコーナーを担当することになり、2年の間、東京の渋谷スタジオに月1回のペースで収録に行くようになりました。
私には決まったレールがあったわけではありません。何か一つ仕事をもらって、そこで出会った人たちに助けられて……。そうやって細々と生きているうちに、何かが動いていったという感じです。小さな縁が次の縁につながっていくという経験をしていきました。
俳句の面白さを多くの人に
私の仕事は、「俳句を知らない人に俳句の面白さを広めることだ」と考えています。松山市で開催される「俳句甲子園」もその一つです。子どもたちにとって、俳句を通した社会的・文化的な学びの場になるのではと、企画の立ち上げに協力しました。
俳句の世界というのは、どこか内向的で、狭い世界のなかで自分を磨いていくという人が多いんです。内に向いて自分の俳句を作り続けるのも、もちろん素晴らしいことですが、私は外に向いて未来のための種をまきたい。それが使命だと思っています。
私にはずっと、「このままだと俳句は百年後に根腐りして朽ち果てる」という思いがありました。多くの人に興味を持ってもらわないと、文化は消えてしまいます。今のうちに何とかしないと大変なことになるという危機感が、私の原動力と言ってもいいかもしれません。とにかく俳句の裾野を広げることを目指しています。

淡々と続ける
それまでの活動やテレビ出演も、すぐに効果があったわけではありません。今までにない反響があったのは、TBSの『プレバト!!』です。あの番組で俳句に興味を持たれる方は確実に増えました。
私が『プレバト!!』でやっているのは、作者が本当は何を書きたかったのか、どんな風景が頭の中にあるのかを探って、より伝わる表現に寄せていく、という作業です。本来添削というのは、そういうものなんです。きれいな言葉に挿げ替えるだけでは、その人が本来作りたい俳句ではなくなってしまいます。
この番組のおかげで、勉強したり楽しさを知ってくれたりする人が増えたのは非常にうれしいことです。しかし、それで自分のスタンスが変わるということはありません。なぜなら、教育や文化は百年のスパンで物を考えないと本物になっていかないからです。だから、どんなに反響があって、どんなに有名になっても、生きている間は、淡々と種まきを続けていくだけです。そして願わくば、その種をまいている間に、私の志を継ぎたいと思う人が出てくれば幸いです。
夏井いつき 自選俳句
遺失物係の窓のヒヤシンス