荘村 清志

本物の満足を得るために

訳もわからずギターを弾く日々

 9歳のときに、ギターを始めたきっかけは、父でした。父が会社から帰ると、毎日必ず、1時間の「恐怖のレッスン」がありました。というのも、父は私がうまく弾けているときは、機嫌が良いのですが、難しくて弾けなくなると、だんだん鬼のような顔になり、その顔が怖くて、よく泣いていました。当時は、怖くて訳もわからずギターを弾いていた、というのが本音です。しかし、不思議なことにやめようとは思いませんでした。

 中学校に入ると、父の大学時代からの友人、小原安正先生に習い始めます。この先生もまた、昔の剣豪のような風貌をしていて、とても怖そうな人でした。

 16歳のとき、父の指示でスペインに留学することになります。このとき、師となるナルシソ・イエペス(※)という先生に出会いますが、先生はいつもにこやかで、私は、ようやく怖くないレッスンを受けることができたのです。

 4年間スペインで勉強して帰国し、プロのギタリストとして、デビュー・リサイタルを開きました。技術的には満足のいく出来でしたが、内面的にはまったく満足できませんでした。こうして、プロのギタリストとしての、駆け出し時代が始まります。

正確な演奏を追求する

 デビュー後もまったく仕事はありません。自立するために借りた安アパートでの一人暮らしも、ギリギリの生活が続きました。しかし、先のことを考えて、夜も眠れない日が続く中で、ギターの練習だけはよくしていました。今の5倍は練習していたと思います。

 当時は、「ミスをしないよう、正確に演奏したい」と、強く思っていました。もちろん、「ギターで何かを表現したい」という気持ちもありましたが、内面からこみ上げてくるような表現力は、なかなか出てきませんでした。

 そして、デビューして5年目、NHK教育テレビの『ギターを弾こう』という番組に、講師として出演する機会に恵まれました。これをきっかけに一気に仕事が増え、忙しくなりました。忙しい時期が5年ほど続いたある日、私は突然、再びスペインに行きたくなったのです。

 家族と一緒に行った10年ぶりのスペインでは、再びイエペス先生のレッスンを受けることができました。レッスンでは、自分よりはるかに先をいく先生の、さらなる進化に驚き、強烈に刺激を受けました。こうして、スペインで3年間を過ごして帰国し、日本での仕事に戻ったのです。

込み上げる感情を表現する楽しさ

 ところが40代半ばに差しかかったころ、突然、それまで動いていた指が、うまく動かなくなったのです。

 いろいろと悩んだ結果、ギターを弾くときに、力を入れ過ぎていたことに気づきました。そして、無駄な力を抜くため、ギターの構え方から、左右の手の位置など、すべてを変える決意をしたのです。結局5年ほどかかって、ようやく指が動くようになりました。

 スランプを乗り越えて、50歳を過ぎたころです。ギターを弾いていると、内面から込み上げるような感情が、次第にわき上がってくることに気づきました。本当の意味で、ギターを弾くことが楽しくなったのは、それからです。

 怖くて訳もわからず弾いていた子どものころ、やめなかったことが、今、ようやく実を結んだのだと思います。

 ギターを弾くということは、人生を語るのと同じ。そのためには、長い時間が必要です。年月をかけてワインを熟成させるように、焦らず、1つの道を追求する大切さを痛感しています。駆け出しのころの気持ちを忘れずに、ギターが弾けなくなるまで、この道を歩いていきます。

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