古市 忠夫

震災から学んだ感謝力でプロに

 平成七年一月十七日、阪神淡路大震災にあうまで、私は神戸市長田区の鷹取商店街にある「東洋カメラ」の店主だった。週末には、小遣いをやりくりして、ゴルフ場にいく、そんな日々を過ごしていた。

 妻はゴルフに無理解だったが、それもしかたがない。週末になると、仕事を妻に任せ、ゴルフにでかけていくのだから。気が引けるが、ゴルフはやめられない。子どもは頑張る母親を見ているから、ゴルフが憎い。アマチュア大会の優勝トロフィーを足蹴にする。父親がゴルフばかりで、どこにも連れていかないからだ。

 ゴルフをはじめたのは昭和四十五年、三十歳。店のお客さんに強引に誘われたのがきっかけだったが、その難しさが面白くて、すぐに夢中になる。

 ゴルフをスポーツとして取り組んだ。走り込み、素振り、砂浜でのパンカーショットなど練習法を自分で考え、毎日トレーニングに励むようになる。厳しいトレーニングを続けられたのは、もっと
うまくなりたいという気持ちがあったからだが、Sさんの存在も忘れられない。

 同じゴルフ倶楽部で知り合ったSさんは、年間三百日もゴルフをする人だ。仕事は人に任せて、豪邸で暮らし、ゴルフ三昧の日々。私とは住む世界が違う。だからこそ、そういう相手には負けられない。そうやってSさんをライバル視することで、私は頑張れたのだと思う。

 そういうゴルフ中心の平凡な日々がこれからも続いていくはずだった。

 そして、平成七年一月十七日の早朝、あの大地震が街を襲う。私は当時五十五歳。消防団に入っていたこともあり、先頭に立って、被災現場を文字通り駆け回る。それでも、助けられずに、たくさんの方々が亡くなり、親友も亡くなった。商店街は焼失し、私の店も消えてしまう。それでも私たち家族は無事だった。

 もちろんそんな状況で、ゴルフのことなど考えもしない。たまたま駐車場に置いた私の車が焼けずに見つかった。何気なくトランクを開けると、ゴルフバッグがある。「これからの人生をゴルフで生きなさい」という神の啓示のようなものを一瞬感じた。恥ずかしながら、実はその場で、ちょっと素振りもしてみた。

 しかし被災現場の惨状を見れば、そんなことはすぐに忘れる。街の復興が一番。親友の墓標に、お前の分まで復興に頑張るから天国から見ていてくれ、と醤う。

 街が復興されていくにつれて、はじめて自分と家族の復興を考えた。選択肢は三つ。カメラ屋を復活させる、ガードマンのようなサラリーマンになる、そしてゴルフで食べていく。ゴルフで食べていく、といっても、このときはまだレッスンプロとして、というくらいにしか考えていなかったが。

 私は考えた末に、神の啓示を思い出す。友人のすすめもあり、それから、せっかく震災で生き残ったのだ、悔いのないように生きよう、という気持ちが高まった。ついに、プロを目指す、と決めた。だめならサラリーマンだ。

 テストには才能も能力もある若い人たちがたくさん集まってくる。どう戦えば勝てるのか。それを震災が教えてくれた。

 震災は私の価値観を大きく変えた。私にとって大事なものは、金やモノや地位などではなく、人を思いやる心、いたわる心、感謝、友情、積極性、勇気に変わった。さらに震災前なら、闘争心で勝てると思っていたが、それだけでは勝てないことに気づく。闘争心だけでは、闘争と表裏一体の恐怖を克服できない。

 しかし挑戦できることへの「ありがとうございます」という感謝の心があれば、怖くない。楽しめる。だから勝つことができる。そう信じることができた。

 プロを目指すといっても、特別な練習ができたわけでもない。練習資金もないし、震災後の新しい街づくりで忙しい。ただし、そのときの私には感謝する心があった。

 家族はプロを目指す私に対しても、相変わらず無理解のままだったが、テストのための資金をはじめ、ずいぶん支えてもらった。ただ頭を下げるばかりである。

 そして感謝する心を胸にプロテストに挑戦。平成十二年九月に合絡する。そのとき私は五十九歳十一カ月になっていた。

 私は一つの方程式を信じている。それは奇跡を起こす方程式である。『奇跡=才能×努力×感謝力』。感謝力とは、頑張れることへの感謝する心である。感謝する心は、人の心を大きく、美しく、若く、そして強くする。

 震災後、「ありがとうございます」と生きてきて、ゴルフを続けできたら、奇跡が起きた。私がプロになったことが、まさに、その奇跡である。

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