加藤 公一

試行錯誤も貴重な財産

熱帯魚に熱中して、進路は水族館へ

 水族館の飼育スタッフには動物好きが多いものですが、例に漏れず、私もその1人でした。子どものころから、いろいろな動物を飼っていましたが、特に影響を受けたのが、中学生のころの「熱帯魚ブーム」。毎日のように熱帯魚店に通い詰め、買い集めた魚や飼育道具などで、部屋は足の踏み場もありませんでした。

 そんな経験からでしょうか。大学卒業後の進路は、水族館を希望しました。しかし、今より圧倒的に募集が少なく、その進路は狭き門でした。いくつも面接を受けましたが決まらず、結局、そのまま就職浪人になってしまったのです。

何が何でも、水族館で働きたい

 そんなとき、ある水族館が「飼育員を募集している」という話を聞きつけました。そこは、日本で初めてイルカの飼育に成功した歴史ある水族館。私は張りきって面接を受けに出かけました。

 しかし、いつまで待っても連絡はありません。ただ待つだけのつらい日々が続きました。それでも私は、「何が何でも、この水族館で働きたい」という情熱を持ち続け、面接の結果を確認するため、何度も訪問を繰り返しました。

 すると、ある日突然、その水族館から電話が入りました。「来週、迎えに行くから準備しておいて」。合格してうれしい半面、あまりに突然な話に気持ちばかりが焦る中、あっという間に出勤の初日を迎えました。

 そのとき水族館は、リニューアル工事中で、オープンに向けて現場は戦場のような状態でした。仕事の初日、各部門にあいさつ回りを終えて、すぐに現場へ放り込まれた私は、何もわからないまま、休む暇もなく夢中で働きました。

イルカにてこずり、セイウチに恐怖

 実際に仕事を始めても、わからないことだらけでした。イルカの飼育場所は自然の入り江を利用していたため、捕獲も簡単ではありません。先輩たちが素早い判断で、いとも簡単に捕まえるのを見て、ロープ1つ結ぶこともできない私は、毎日が驚きの連続でした。

 ある日、イルカを移動させるため、網を使って捕まえようとしたときです。突然、イルカが頭を強く左右に振ったため、私は頭をぶつけて、鼓膜を破る大怪我をしてしまいます。相手が特別に元気だったということもありましたが、全ては自分の経験不足が原因でした。

 初めてセイウチの水槽に入ったときのことも忘れられません。1トンの巨体が、ゆっくりと間近に迫ってくる感覚は、恐怖以外の何物でもありません。そのまま壁際に追いやられて、身動きがとれない私を、セイウチが逆にじっくりと観察していました。今では笑い話になっていますが、あのときは本当に怖かった……。

動物の生態解明のために努力は続く

 あれから30年以上、この水族館で飼育員として多くの経験をしてきましたが、今でも試行錯誤を繰り返す毎日です。

 特にイルカの飼育と繁殖は難しく、新しい発見の連続です。あるとき、生後3カ月のイルカが、突然、片目をつむったままになりました。原因不明のまま半年が経ち、飼育員たちも諦めかけたころ、再び何事もなかったかのように、目が開いたのです。原因は今もわかりません。

 今は、深海魚の展示にも挑戦中です。これまでも思うように飼育できず、何が足りないのか、これまでの経験を総動員して工夫を重ねています。

 相手が人間ではないので、このような経験の一つ一つが、私自身の、そして水族館の貴重な財産です。動物たちの生態解明のため、少しずつ前へ進む努力は、駆け出し時代と少しも変わりません。

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