田原 道夫

人生に無意味なことはない

 「駆け出し時代」とは、普通は学生生活を終えて、社会に入った当初の数年間をいうのでしょう。しかし、私の場合は学生時代最後の頃のことを書く方が標題にふさわしいと思います。そこで、ここではその頃に私の身に起こったある出来事を書いてみます。

 私は大学院では電子工学を専攻しましたが、幸運なことに、修士課程に入ってすぐに研究テーマを決めることが出来ました。以来、五年間にわたってそのテーマを追い続けました。ところが、その中で最も重要な中心的課題を解くことができないまま四年近くが過ぎていきました。それが解けなければ、論文は完成しません。懸命に努力するのですが、どうしても解けません。

 悶々とした日々が続きます。一日中考え続ける毎日を送っているうちに、とうとう私はノイローゼ気味になり、夜眠れなくなってしまいました。そこで、大学院四年目のある秋の目、私は数日間休養することを決意し、谷川温泉に行くことを決めました。

 そして、気軽に読める本を数冊持参して、谷川温泉に向かいました。車中で取り出したのは『二重らせん』という本でした。著者はJ ・ワトソン博士であり、DNAの二重らせん構造を発見し、それによってノーベル賞を受賞するに至ったプロセスを率直に書いたものでした。その中で、ある部分が私の心を引きつけました。それは「自然は単純である。したがって、DNAの構造も単純なはずだ」というワトソンの信念でした。

 間もなく谷川温泉に着きましたが、翌朝、私は気分転換のために谷川を川沿いに散歩しました。寝不足でボーッとしたままでしたが、澄み渡る秋の空と紅葉に心が癒される思いでした。三十分ほど歩いて、ごろごろとした大きな岩が無数に転がっているところに着きました。そこの岩に腰をかけて、ボンヤリと自分の将来や研究のことを考えました。「何年かけても研究は完成せず、自分は落ちこぼれのままで一生を終えるのだろうか?」とか「ワトソンは、自然は単純だと言うが、自分の研究結果も単純なのだろうか?」などとあれこれと考えたのです。

 そのとき、ゴーッという風の音とともに、一斉に大量の紅葉が太陽に輝きながら散りました。葉は風に舞いながら、渦を巻きつつ水面に落ちていきます。息を呑むような見事な美しさです。

 その瞬間、奇跡が起こりました。私の頭に永年抱えていた問題のすべての解答が浮かびました。解決のプロセスから始まり、最後の結論に至るまでの過程が、一瞬のうちにすべて頭に浮かんだので
す。呆然とする私の眼には、先ほど散り始めた葉が水面には落ちきらず、まだ空に舞っているのが映ります。その問、僅か数秒の出来事です。そして、思い浮かんだ解答はワトソンの言うとおり非常に単純なものでした。直感的に、私にはその答えは正しいと分かりました。

 そこで、すぐに宿に一反り、荷物をたたみ、家に戻りました。そして、それから三カ月聞かけて、睡眠不足に耐えながら論文を書き上げました。解答へのプロセスも、解答そのものも、すべてあの時ひらめいたとおりでした。これが論文の中心となり、私は首尾よく博士号を取得し、学業を終えました。

 この経験はその後の私の人生にとって、決定的に重要な意味を持ちました。たとえば、「人生に無意味なことはない。あの奇跡も、その時まで私があれこれと悩み、考え続けてきた無駄によって
生まれたのだ。無意味と思った無駄も、意味のあることに転化できるのだ」ということが挙げられます。

 「複雑な問題も本質をたどっていくと単純な答えに行き着くものだ」という考え方も、その後の私の人生に大きな影響を与えました。事業上の難問も本質を探っていくと実に単純であることが多い
ものです。今に至るも、私はこの考えで、どれだけ助けられているか分かりません。

 「最後の最後まで努力を続ければ、必ず何らかの成果をあげることができる。絶対にあきらめてはいけない」という経験も、その後の私に勇気を与え続けてくれました。ハメの経営する会社に入ってからは、私がいくら努力しても解決できない問題が続出しましたが、それでもあの時の経験で何とか乗り切ることができました。

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