小嶋 淳司

算術ではなくお客さま発想で

 私が商いの世界に入ったのは十七歳のころでした。母が和歌山の田辺で「よろずや」を営んでいたのですが、その母が体調を崩したために、私が「高校生」と「よろずや」の二足のわらじを履くことになりました。いきなり本番の商売人人生スタートです。経験のない私は、子供のころからの手伝いの経験を元に、自分なりに工夫をして商いをしました。経験が無かったが放に、徹底した現場主義で、お客さまに喜んでいただけるにはどうしたらいいのか考え、行動するという商いのスタイルを形作ったのではないかと思います。

 「お客さまに安く品物をお届けするには仕入れ方法を変えるしかない」。そんな思いで、中元商戦のときに販売したいと考えていた下駄を、今までの地方問屋ではなく、学校を休ませていただいて大阪にある問屋で仕入れることにしました。さすがに大阪にある問屋の品物の多さや品質にはびっくりしました。その上、和歌山地方の問屋よりも価格が安かったのです。しかしお話を伺っていると、もっと安い場所があるといいます。それは、奈良の王寺というところにある産地の問屋だと教わったので、現場まで出かけていきました。産地に行ってみますと、農家の軒先で鼻緒を染めて、内職で鼻緒に仕立てている光景に出会ったのです。その光景を見て「産地問屋の価格は確かに大阪の問屋よりも安い。しかし、下駄は簡単な加工品なので自分で作ったほうがよいのではないか? 布を染めるくらいなら自分でもできる。鼻緒の原料である綿を仕入れて自分で染め、縫製を農家の内職の方にお願いすれば鼻緒は作ることができる。下駄の板を住入れて自分の作った鼻緒を取り付ければ、はるかに安い価格で下駄を仕入れることができるのではないか?」と考えて、下駄の材料を仕入れて、農家の方と自分が分業するスタイルで下駄を仕入れて販売しました。そうしますと、適正な利益を頂いて値付けをしても、最初に仕入れていた問屋さんの半値で売ることができました。おりしも中元商戦、たくさんの店が売り出しをする中で私の営むよろずやの下駄は飛ぶように売れました。この経験をつうじて「お客さまは、本当に良いものをお安く提供すれば、必ず答えていただける。これが商いの本質なんだ」と実感することができました。

 しかし、同じ時期に大きな失敗をしたこともありました。前に述べたような経験を積んでいた自分は、自信をつけたとともに慢心があったのかもしれません。近隣の学校が修学旅行に行くシーズンに差し掛かったころ、私がよろずやで販売する商品のアイデアを考えていました。「修学旅行に行くときに学生さんは何を買うだろうか? 自分の通う学校の同級生も、修学旅行に行く際に鞄を買うことが多い。若い人の好むモダンな鞄を売ったらよいのではないか?」と考え、大阪の問屋にモダンなスタイルの鞄を大量に仕入れに行きました。品物も非常に良かったので売れるという確信がありました。それゆえに、値付けをする際に「儲けたい」という心がよぎったのでしょう。いつも自分がつける価格よりも二十円高く設定して販売しました。しかし、近隣の競合店が適正価格で鞄を販売したために、私の仕入れた鞄はまったく売れませんでした。たった二十円の儲けを得たいという気持ちがお客さまに伝わり、商機を逸してしまったのでした。

 自分たちの都合でこれだけ儲けたい、という発想の商いはお客さまの支持を得ることはできません。お客さまの視点で考えてほしい商品・お客さま視点でお値打ちのある価格で商品を作るという「お客さま発想」の視点を持つことが非常に重要であると痛感した出来事でした。以来五十五年商いの世界で生きてきましたが、いつの時代でもこういった基本的な理念は普遍的なものであるということをさまざまな体験で再確認するたびに「商人として最も基本的なことは算術ではない。それ以上に正しい商いに対する姿勢が最も重要なことだ」という思いを深くしています。

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